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| つくばライフ ・チャペルでは、賛美を捧げることをとても大切に考えています。 私たちの人生の日が、晴れの日であっても、曇りの日であっても、雨の日であっても、嵐の日であっても、ともに感謝と喜びの歌をもって、神に賛美礼拝(ワーシップ・ライブ)を捧げています。私たちが愛されている喜びを賛美で表現し、それによって神を喜び楽しむことは、私たちの生きる力であると信じるからです。
愛されている喜びの発見・・・それはすでに愛されている事実を知ることから
ある方がこのように語ってくれました。 「私のこれまでの人生は、人に愛を求め続け、愛されることを追い求めてきました。愛を求めれば求めるほど、私は拒絶感や劣等感に苦しみ、被害者意識で自己憐憫に陥り、人生の不条理に怒り、嘆き、もがいていました。巨大な岩のような不信や恐れ、重苦しさが絶えず私を取り囲み、まさに私の人生は、悲劇のヒロインとなるべく舞台設定されているようでした。 次第に、私はその舞台で悲劇の人生をけなげに生きる姿を演じることに、心地良さを感じていました。人々の関心と同情という喝采を受けることが、私の存在基盤となり、ライフ・スタイルとなっていました。私の生きる様に同情心をもって慰めとねぎらいをくれる人には愛があり、舞台から降りるように手助けしようとする人々には愛がないと憤り、心の中で激しく非難していました。 けれども人生の後半を迎えた今になって、私はようやく真実を知りました。それは、私はすでに生まれる前から愛されているという事実です。 聖書からこの真実を知った時、私を長年圧迫していた巨大な岩が、まるで夜露が朝の強烈なまばゆいばかりの光にさらされて跡形も無くなってしまうように、私から消え去っていきました。 もはや私は悲劇の自分として偽りの舞台にいる必要がなくなりました。私は自由になりました。今こそ私は、朝の光を浴びて飛び交う小鳥たちのように、溢れるばかりに注がれている神の愛の中に踏み出し、私の新しい人生を生きたいと心から願っています。 神に愛されていること知ることは、何という喜びでしょうか。私は今、感謝と喜びをもって神を賛え、私に注がれている神の愛をからだいっぱいに浴びるようにしています。」 私たちの地上の人生は、私たち一人一人を尊い存在として創ってくださった、命の根源なる方、天の父なる神を知り、その方の愛の中に飛び込むためにあります。そして天の父に愛されている自分自身を喜び楽しみ、神の目的に沿って深く、充実した人生を生き、創り出すためにあります。 イエス ・キリストは、まさにそのために、神の愛の贈り物として生まれてくださいました。 彼は、聖書で約束されていた救い主として、神の愛を世界の人々に知らせ、人類の一人一人が閉じ込められている人生の闇(罪)からの救い出すために、命を投げ捨てて、その生涯を捧げてくださいました。 「イエス・キリストはどんな方?」 聖書の中に、私たちを救い出してくださった神が、あなたの存在を愛し、あなたの存在を喜び楽しむと高らかに宣言されている箇所があります。
愛されている喜びで、人生を生きることができることほど、幸せなことはないと思います。 つくばライフ・チャペルもあなたを待っています。 |
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